名古屋高等裁判所 昭和60年(行コ)9号 判決 1986年7月29日
控訴人(原告) 櫻井富三男
被控訴人(被告) 東海財務局局長 日本たばこ産業株式会社
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人は「原判決を取消す。被控訴人東海財務局局長(訴訟承継前日本専売公社中部支社長)が控訴人に対し、昭和五六年七月二一日付でなしたたばこ小売人の位置変更不許可決定処分を取消す。被控訴人東海財務局局長(訴訟承継前日本専売公社中部支社長)が控訴人に対し昭和五七年八月一一日付でなしたたばこ小売人資格喪失処分を取消す。被控訴人日本たばこ産業株式会社(訴訟承継前日本専売公社)は控訴人に対し昭和五七年八月一二日から右処分の取消に至るまで一か月金五万九七〇一円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の事実上法律上の主張並びに証拠関係は左記1ないし4のとおり付加訂正し、左記5ないし7のとおり追加するほかは原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
1 原判決三枚目裏五行目の「たばこ専売法(以下、単に「法」という。)」とあるのを「たばこ専売法(昭和二四年五月二八日法律第一一一号、昭和六〇年四月一日施行の昭和五九年法律第六八号により廃止。以下単に「法」という。)」と改める。
2 原判決八枚目表一行目「同町四六所在の〇〇喫」の空白部分に「ZZ」を加える。
3 原判決八枚目表六行目のあとに次のとおり加える。
「事例<6>
瀬戸市さつき台一丁目三番地の琴屋米穀店の一軒南側で、また同一丁目一八番地の櫛田商店の一〇軒位北側の同一丁目五番地の酒の富士屋が昭和六〇年四月ころ指定を受けた。」
4 原判決二二枚目裏一行目のあとに次のとおり加える。
「また控訴人が主張する事例<6>のような指定がなされたことは認めるが、これは、運用要領2、5、(3)、ロ、(ホ)に該当し、標準距離の適用が除外されたので、既指定の二軒のたばこ小売人に近接した位置にもかかわらず、小売人の指定がなされたのである。そして控訴人の申請は右の運用要領の場合に該当しないものであるから、右の指定にもかかわらず控訴人の申請に許可が行われなかつたことについての控訴人の非難はあたらないのである。」
5 控訴人の主張
(一) 日本専売公社は昭和六〇年四月一日解散し、新たに被控訴会社が設立され、右公社の地位が右会社に承継され、また日本専売公社中部支社長の地位は右に伴い被控訴人東海財務局長に受継された。
(二) たばこ専売法三一条一項三号、たばこ小売人指定関係規程三条、五条一項二号、二二条二項による小売人の指定についての距離制限、これに基づくたばこ小売人の営業許可制(同法三〇条三項)は、職業選択の自由を保障する憲法二二条一項に違反する。
すなわち、一般に、営業の許可制が合憲とされるためには、第一にその規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること、第二に目的と手段との間に合理的関連性が存在すること、第三に規制によつて失われる利益と得られる利益との間に均衡があること、の三要素の充足が必要であるのに、本件のたばこ小売人に関する許可制の定めは、次のとおり、右の三要素を充足していない。すなわち、
(1) 規制目的に正当性はない。
原判決のいう国の税収確保という目的は、本件小売人に関する許可制を正当化する目的になりえない。なぜなら、右のような目的は、憲法が基盤とする自由経済の原理に反するし、このような目的による営業の許可制が許されるとするならば、国民の経済活動の広い領域において国民の従事する殆ど全ての職業を国家の許可制の下におくことも憲法上許容されることになり、憲法二二条一項が空文化される。
また、原判決のいう均等供給も本件許可制を正当化する目的になりえない。なぜなら、たばこにあつては、被控訴会社(処分時の専売公社)が製造を独占しており、品質低下という恐れは考慮する必要がないからである。右の均等供給の意味が、全国いかなる地でも同一品質のたばこを同一金額で販売し国民の日常生活の需要に応じることにあるとすれば、それこそかかる理由で営業の自由を規制することは許されない。なぜなら、もしこのような理由によりたばこのような嗜好品の販売について営業の自由を規制する根拠となりうるならば、殆ど全ての販売業が国の許可制の下に置かれうることになるからである。
(2) 目的と手段との間に合理的関連性がない。
仮に税収確保なる目的が本件許可制を正当化する目的になりうるとしても、酒類販売業と違い、たばこの販売にあつては、その製造が独占され、かつ、販売業者はたばこを仕入れるにつき消費税を含むたばこ代金を前払いしなければならないから、業者が倒産しても、税収の確保に消長はないのである。またそもそも、製造が独占されているたばこについてはその販売業者を規制する合理的必要がないのである。粗悪品が売られる恐れはないし、その場合でも指定の取消等で充分賄えるのである。
(3) 利益不利益の均衡が保たれていない。
本件許可制を採用し規制した場合、これによつて国に加えられる税収確保の利益は小さいのに、この許可性の下で、不許可処分を受けた者は職業選択の自由を奪われ、その不利益は重大深刻であつて、この両者は著しく均衡を失している。この点につき薬事法による薬局等の適正配置の規制を違憲なものとした最高裁大法廷判決(昭和五〇年四月三〇日)の趣旨が参照されるべきである。
6 被控訴人らの主張
控訴人の主張5(一)の事実は認めるがその余の5の主張は争う。
7 当審における証拠関係は当審記録中の書証目録記載のとおりである。
理由
当裁判所も控訴人の本件訴中「被控訴人東海財務局局長(訴訟承継前日本専売公社中部支社長)が控訴人に対し昭和五七年八月一一日付でなしたたばこ小売人資格喪失処分の取消」を求める部分は不適法であり、その余の訴にかかる請求は理由がないものと判決する。その理由は左に付加訂正するほかは原判決の理由と同一であるからここにこれを引用する。
一 原判決二九枚目表四行目に次のとおり加える。
「一 日本専売公社は昭和六〇年四月一日解散しその地位が被控訴会社に承継されたこと、これに伴い日本専売公社中部支社長の地位が被控訴人東海財務局局長に承継されたことは当事者間に争いがない。」
二 原判決二九枚目表四行目の冒頭の「一」を「二」と、三五枚目裏二行目冒頭の「二」を「三」と、四五枚目表二行目冒頭の「三」を「四」と五二枚目裏二行目冒頭の「四」を「五」とそれぞれ改める。
三 原判決四〇枚目表五行目と七行目の各「準用」をいずれも「類推適用」と改める。
四 原判決四四枚目表一一行目のあとに次のとおり加える。 「次に昭和六〇年四月ころ事例<6>のような指定がなされたことは当事者間に争いがない。しかしながら成立について争いのない乙第三号証第一三号証ないし一五号証弁論の全趣旨により成立を認める乙第一二号証によると、右事例<6>は運用要領2、5、(3)ロ、(ホ)に定める「三〇〇世帯程度以上の団地内(商業区域が制限されている場合に限る。)の商業区域であつて取扱予定高が標準取扱高に達すると認められる場合」に該当し、標準距離の適用が除外される場合であることが認められ、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。」
五 原判決四四枚目裏二行目の「…守られており、」のあとに「また事例<6>については標準距離の適用が除外される場合であり、」を加える。
六 控訴人は、本件小売人の指定についての距離制限、これに基づくたばこ小売人の営業許可制は憲法二二条一項に違反すると主張(5控訴人の主張(二))する。
そして控訴人主張のような三要素が右違憲の主張を判断するにつき一つの視点を与えることは首肯しうるので右三要素に関する控訴人の主張に沿つてこれを吟味することにする。
1 控訴人はまず規制目的に正当性がないと主張するが、たばこについては元来税収確保、均等供給等の公益的見地からその製造販売につき国がこれの権能を独占する専売制がとられており、本件距離制限、これに基づく小売人の営業許可制は右専売制の下で原判決説示のように小売場所の偏在、乱立を避け、売残り等による品質低下を防ぐために必要な規制であり、右の税収確保、均等供給という目的も右規制を正当化する一つの根拠となりうることが明らかである。そして、右目的のみによつて本件営業の許可制が正当化されるわけではないのであるから、右のような目的による営業の許可制が許されるならば、殆ど全ての職業又は販売業が国の許可制の下におかれうる、とする控訴人の主張は当をえない。また、たばこについてはその製造の実施が被控訴会社によつて独占されているから品質低下の恐れを考慮する必要はないと控訴人は主張するが、製造の実施が独占されているとしても前述した売残りや販売上の取扱い不手際等がたばこ商品の品質低下を招きうることは見易い道理であつてこの点の控訴人の主張も理由がない。
2 目的と手段との間に合理的関連性がないとする控訴人の主張について検討するに、本件営業許可制は税収確保のみを目的とするものでないから、酒類販売業との相違を強調する控訴人の主張はなお論拠薄弱といわざるをえないし、製造の実施が独占されているたばこ商品についても販売上粗悪品が出る恐れのあることは前述したとおりである。そして前記の小売場所の偏在、乱立、売残り等の防止のため、本件のようにたばこ小売人の指定、その営業の許可につき、環境区分別標準距離による規制(前記規定三条、五条一項二号、二二条二項等)をもつて臨むことについては、その間に合理的関連性があると解するのが相当である。この点の控訴人の主張も理由がない。
3 利益、不利益の均衡についての控訴人の主張についても、本件許可制を採用した場合における国及びたばこ消費者等の利便、そしてその程度と広がりを考えるとき、右の採用による利益が僅少なものと速断することはできないし、この許可制の採用によるたばこ小売業者一般の不利益、特に本件規制の内容と方法による右不利益の程度と広がりを考え、右の利益、不利益の両者を比較考量すれば、両者間に均衡が失われているとみることはできない。控訴人引用の判例は、医薬品の販売等をする薬局等の適正配置の規制に関するもので、元来専売制のもとにあるたばこの小売人の営業の規制が問題となつている本件とは事案を異にする。控訴人の前記主張も採用できないものである。
右の次第で、原判決は相当であるから本件控訴はいずれも理由がない。よつて、これを棄却することとし、行政事件法七条民事訴訟法八九条九五条にしたがい主文のとおり判決する。
(裁判官 海老塚和衛 高橋爽一郎 宗哲朗)